ますます進行する高齢社会。賃貸入居者の認知症問題とは
総務省の発表によると、2023年の65歳以上の高齢者人口は3623万人。総人口に占める割合は29.1%と過去最高となっています。さらに、2022年における認知症の高齢者数は443.2万人となっており、2035年には565.5万人に上ることが予想されています。
アパート経営を行う大家さんの中には、現在、入居されている方に高齢者はいないから安心と考える方もいらっしゃるでしょう。
しかし、令和6年版高齢社会白書によると、65歳以上の単身世帯で民営の賃貸住宅に居住している方は20%を超え、今後ますます進行していく高齢社会の中で、入居者の高齢化や認知症発症は、大家さんにとって避けられない問題になるかもしれません。
トラブルに直面してから慌てても、講じられる対策には限りがあります。高齢社会におけるアパート経営において、入居者が認知症となった場合におけるトラブルの可能性とその対応策についての知識を蓄えて、早めに対応を講じる姿勢を持っておきましょう。
認知症から引き起こす可能性があるトラブル
認知症は、脳の病気や障害などさまざまな原因によって認知機能が低下し、日常生活全般に支障が出てくる状態をいいます。認知症となると「記憶障害」「時間・場所がわからなくなる」「理解力・判断力が低下する」「身の回りのことができなくなる」などの症状が生まれます。認知症により、これらの症状を有する入居者が生じた場合、起こりがちなトラブルについてご説明します。
家賃滞納
認知症が進行すると、お金の出し入れや家計管理に支障が生じる可能性があります。それによって本人には悪意はないものの、家賃滞納につながる可能性もあるでしょう。
家賃滞納が生じたからと言っても、大家さんは直ちに退去を求めることはできません。家賃滞納から退去までには、短くても半年程度の期間を要する可能性もあります。
ゴミ屋敷化
認知症が進行すると、身の回りのことができなくなるため、家事の段取りが悪くなります。同じものを何度も買ってしまったり、掃除や洗濯がきちんとできなくなったりします。その結果、部屋がゴミ屋敷化します。また、本人が入浴しなかったり、失禁を繰り返したりして、さらなる異臭や害虫発生などのトラブルが生じる可能性があります。
失火
先ほども触れたとおり、認知症が進行すると、身の回りのことができなくなります。その結果、ガスコンロをつけっぱなしにしたり、コンセント周りのほこりに引火したり、といった理由から失火につながる可能性もあります。なお、加入している火災保険によっては、認知症の方は心神喪失状態とみなされて補償されない可能性もあります。
近隣トラブル
自分のものを誰かに盗まれたと言ってまわったり、些細なことで腹を立てたりするのも認知症の症状として挙げられます。その矛先を向けられたほかの入居者との間で近隣トラブルが生じる可能性もあります。また、先に挙げた部屋のゴミ屋敷化などによる異臭、害虫発生などによっても苦情が寄せられる可能性もあります。
認知症かも、と気付いたらどうする?
部屋の状況やほかの入居者からの苦情、管理会社からの報告、入居者本人の様子などから、「もしかしたら認知症なのかも」と大家さんが気付いた時に、どう対応したらよいのかについてご説明します。いずれの対応においても、連絡の行き違いや責任所在の不明を防ぐためにも、電話や口頭ではなく書面での連絡を行い、対応記録を残しておくように心がけましょう。
連帯保証人や親族への連絡
入居者の認知症の可能性に気付いたら、まずは連帯保証人や親族に現状について連絡を行い、協力を仰ぎましょう。初期の段階ではゴミ屋敷化する可能性も、家賃滞納の金額も低いでしょう。負担の程度が大きくなればなるほど、協力を得られない可能性もあります。
管理会社に連絡
とくに、アパートが大家さんの目の届く範囲にない場合には、管理会社へ連絡して、家賃滞納に対する督促や見回り強化、ほかの入居者からの苦情対応などの協力を仰ぎましょう。入居者に認知症の可能性があるという情報を管理会社と共有をしておかなければ、通常の対応で済まされてしまう可能性もあります。
行政などへの相談
行政などに相談し、社会福祉サービスとの連携を図りましょう。大家さんが直接、行政などに相談しても親族などでないために、応じてもらえない可能性もあります。まずは地域の民生委員や地域包括福祉センターに相談し、行政の社会福祉サービスとのつながりをつくってもらうように働きかけましょう。
認知症の入居者との賃貸契約はどうなる?
入居者が認知症である可能性に気付いた場合、認知症という理由だけで契約解除や退去を要請することは難しいと考えておきましょう。その理由と対策についてご説明します。
認知症という理由だけで契約解除や退去要請は難しい
認知症が発症していても、初期の段階であれば日常生活にさほど影響が生じない可能性があります。その段階で、ちょっとした認知症の症状に気付いたからといって、契約解除や退去要請を行うのは人道的に無理があります。
しかし、認知症が進んでから対策を講じても遅いため、入居者本人の判断能力に問題ない段階であればご本人と、また入居者本人の判断能力に懸念がある場合には連帯保証人や親族を交えて、今後の賃貸契約について契約条件を見直す話し合いの機会を持つとよいでしょう。
認知症が進むと、先に触れたように「家賃滞納」「ゴミ屋敷化」などのトラブルの可能性もあります。そのトラブルに備えて、家賃や敷金の値上げ、定期借家契約への切り替えなど、大家さんと入居者がお互いに納得できる契約内容への見直しを図っておきましょう。
認知症によるトラブルを未然に防ぐために大家さんができること
入居者が認知症となり、発生する可能性のあるトラブルを未然に防ぐために大家さんができることについて、連帯保証人の協力が得られる場合と得られない場合に分けてご説明します。
ただ、いずれの場合においても、高齢者の入居者が増えることを見越して、大家さんとして、認知症サポーター養成講座に参加するなどして、認知症や認知症を発症した方をサポートするサービスについての理解を深める姿勢があると心得ておきましょう。
連帯保証人の協力が得られる場合
高齢の入居者がいる場合、連帯保証人の協力が得られる場合には、こまめに連絡を行っておきましょう。認知症の進行が進んでから、急に連絡されて対応を迫られても、連帯保証人も対応に困る可能性もあります。
やむを得ず離れて暮らしているケースもあるため、日頃から状況連絡を行っておくことで連帯保証人との信頼関係性を高めることができます。認知症の進行によりトラブルの種が認められた際には、今後の方針についてもスムーズに相談を行うことができるでしょう。
連帯保証人の協力が得られない場合
連帯保証人の協力が得られない場合には、以下のような手段を講じることもできます。
法定後見人の申立
法定後見制度は、判断能力が不十分な方の法律行為をサポートする制度です。法定後見制度にはすべての法律行為の代理権、同意権、取消権を有する「成年後見」のほかに、民法13条1項記載の行為のすべてまたは一部の代理権、同意権、取消権を有する「保佐」、「補助」があります。
本人または行政が裁判所に申し立てて、成年後見人などによる金銭管理や社会福祉サービス契約のサポートを受けることができます。
見守りサービスなどの紹介や導入
高齢者の入居するアパートなどにサービスを提供している「見守りサービス」を紹介、導入するのも一案です。「見守りサービス」を紹介、導入することで、大家さんの不安軽減につながるだけでなく、入居者本人やその家族にも安心感を提供することができます。
まとめ
「今は、高齢の入居者はいないから大丈夫」と考えている大家さんにとっても、さらなる高齢社会の進行とともに、直面する課題になるかもしれません。その場になってから慌てるのではなく、将来を見据えた対策をこの機会に考えてみてはいかがでしょうか。
この記事の監修者
キムラ ミキ AFP/社会福祉士/宅地建物取引士/金融広報アドバイザー
日本社会事業大学 社会福祉学部にて福祉行政を学ぶ。大学在学中にAFP(ファイナンシャルプランナー)、社会福祉士を取得。大学卒業後、アメリカンファミリー保険会社での保険営業を経て、(マンションデベロッパー)にてマンション営業、マンション営業企画に携わった。その後、2008年8月より独立し、現在、自社の代表を務める。
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